思いやり~命の大切さを教える~

思いやり~命の大切さを教える~

6分

思いやり~命の大切さを教える~

命の大切さや尊さに対する感性

こらっ、トンボが可愛そうじゃないの、やめなさい!
虫だからいいの!

 

特に男の子に多いですが、蝶々やカエル、トンボなどを平気で殺してしまったりする子が時々います。そんな子を見ると、将来なにか事件を起こしやしないかと心配になってしまいますよね。

テレビやゲームで簡単に死を表現されていたり、親戚づきあいや近所づきあいがあまりなくなった事で身近な人の死を経験することがなくなった現代では、命の重さ、尊さを感じにくくなっているような気がします。

 

あなたのご家庭では、お子さんに「命の大切さ」をどのように教えていらっしゃいますか。

 

子どもに命の尊さを教えていく上で、下記のような取り組みがあります。

 

1.虫を飼う

例えば、カブトムシの幼虫を飼うことによって、幼虫がさなぎになり、さなぎから成虫が生まれてくる。そして成虫はしばらく生きた後、その生涯を終えていく。そういった誕生から死までのプロセスを実際に目にすることで、一生懸命に生きようとしている命の尊さ、儚さを感じ取ることが出来るでしょう。

 

2.ペットを飼う

犬や猫などのペットを飼うことでも同じことが言えますが、動物の場合は一緒に暮らす期間が長くなる分、亡くなってしまった時のショックや悲しみというのも大変大きくなります。その別れの悲しみ、つらさこそが命の尊さを子どもに教えてくれます。

そういった出会いと別れを経験することで、子どもは自然と命の尊さを学んで行くことができます。

 

3.植物を育てる

動物と違い、植物は変化がゆっくりですが、自分で種を播いて、水をやり、毎日気にかけてお世話をする。そして、一生懸命お世話した結果、綺麗な花が咲いたり、実がなったりした時の喜びは、命の素晴らしさを学ぶ上で大切な経験になることでしょう。

しかし時には、一生懸命育てていても、うっかり水やりを忘れて枯らしてしまったりすることもあるでしょう。

そういった失敗と成功の両方を経験する中で、命の尊さや素晴らしさを学んで行くことが出来ます。

 

言葉で説明するのはとても難しいことですが、亡くなった人の家族はどんな気持ちになるかなどを話し合い、どれほどつらいく悲しいことかを想像させてみることも必要ではないかと思います。
小動物や植物と多くふれあうようにしましょう。
大切に飼っていた昆虫が死んでしまったときの悲しみ、毎日水をやった種が芽を出して花を咲かせたときのうれしさなどから命の大切さに気づき、慈しむ子に育っていくでしょう。

 

命に対する感性には個人差が大きい

ただ、そういった命に対する感性や思いやりは、その子どもの生まれ持った性格によって、大変な個人差があるそうです。子育てのサポートで定評のある楽しい育児実践会の広瀬功一氏によれば、教えたり経験したりしなくても、命の尊さをすでに十分に理解している子どももいれば、いくら生き物を飼っても、命に鈍感な子どももいるそうです。

 

そういった生まれ持った性質や特性を理解しておかないと、「どうしてこの子はこうなんだろう?」と余計なストレスを抱えたり、間違った努力や遠回りをしてしまうことになりやすいそうです。

 

もしお子さんに、あまりに命に対して鈍感な様子が見られるような場合には、アドバイスを受けてみられるといいかもしれません。

国によって大きく異なる「命の尊さを学ぶ環境」

人が亡くなった時、色々な葬儀の仕方がありますが、国によってそれは大きく異なります。

たとえば、インドなどでは、亡くなった人を川に流す習慣があります。日本では河に死体が流れていたら事件になりますが、インドではガンジス川に死体が流れているのが日常的な光景なのです。

そういった光景を目にした子ども達が、人が亡くなったらああいう風になるんだということを普段から目にすることで、死というものを身近に感じ、死や命について考える機会が多くなる分、命の尊さについて学ぶ機会に恵まれているともいえるのかもしれません。

 

世界の国々の様々な習慣

 

例えば、チベットには5種類の葬儀の仕方があるとされています。

  • 塔葬
  • 火葬
  • 鳥葬
  • 水葬
  • 土葬

塔葬はダライ・ラマなど偉い人の場合に行われる葬儀の仕方で、一般人の場合はありません。

一般人には通常『鳥葬』が行われます。鳥葬台という場所に亡骸が運ばれたあとで裁断され、ハゲワシなどの鳥に食べさせます。そういった習慣のない日本人からすると、あまりに残酷すぎる場面だと思いますが、それが自然界の命の循環というものであり、その中で私達は生きているということを実感することで、命の本当の尊さに気付くことができるのかもしれません。

 

「鳥葬」という手段がとられる理由

なぜ鳥葬のような残酷な葬儀の仕方が日常的に行われているのか、疑問に感じられる方も多いと思います。

その理由としては「火葬」など火力を必要とするものは、木材などの燃料の確保が困難であることがあげられます。チベットは高地であり寒冷地ですので、薪は貴重品ということもあります。

また「土葬」は、寒冷地チベットでは、土中微生物の活動が活発ではなく、死骸の微生物による分解が不完全となりやすいということがあります。さらに、土が固かったり岩石が多いため、穴を掘るのに困難であることもあげられます。しかし伝染病の死者などの場合は、鳥葬をしてしまうと病原菌が拡散してしまうため、土葬が行われます。

 

その他の理由として哲学的な意味も

インドから11世紀に伝わった「鳥葬」は、日頃多くの動植物の命を奪って食べて生きている人間が、死んでから他の生命に肉体を与える(布施する)ことで、その罪を償うことができるという意味があるそうです。

チベットでは2005年頃までは、観光客でも鳥葬を見ることができましたが、条例の制定により現在では観光客は見ることができなくなりました。

 

しかし、この「鳥葬」は、実際には裕福層しか行われていないそうです。鳥葬を行うためには「僧侶」や「鳥葬師」などの専門家に対して高い料金を支払う必要があるからです。貧困層の人々は、鳥葬を行うことが出来ず、ただ遺体を岩の上に乗せ、自然に分解され、土に還っていくのを待つしかありません。

 

このように日本では想像もつかないような習慣が存在しているのですが、それが子ども達にとっての命の授業なのかもしれません。

 

 


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