重陽の節句-5-
旧暦を使っていたころ、この重陽の節句は
衣替えの日でもあったそうです。
この日以降、衣類に綿などを入れて冬衣に変わったのだとか。
現在でも重陽の節句が姿を変えて残った行事があります。
この節句は時期的に、全ての作物の収穫が終わった時期のお祭り。
この日を「刈り上げ節句」などと呼び、
収穫祭の様相を呈しています。
この祭りが土着した行事として有名なのが九州地方。
九州地方ではお祭りのことを「くんち」と呼ぶことがありますが、
これは「九日」のことであるといわれています。
有名な「唐津くんち」「長崎くんち」も、もともとは旧暦の
9月9日に行われていました。
昔は盛んだった重陽の節句。
どうしてすたれてしまったのでしょう?
おそらく五節供の中でも最も公的性格の強い行事だったため、
それが災いとなって民衆に浸透しなかったのではないかと
考えられています。
重陽の節句の「収穫の節供・衣替え」といった生活に密着した側面も、
新暦の9月9日にはそぐわなかったため、
この部分が季節に合わせて移動してしまったその後、
重陽という言葉が残らなかったのではないでしょうか。