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2010年08月 アーカイブ

2010年08月06日

重陽の節句-1-

重陽の節句は、「重陽の節供・菊の節供」とも呼ばれます。

 

節句は行事と関係する植物の名前を

冠として呼ばれることが多いです。

例えば桃の節句、七草の節供……。

 

重陽の節句もまた同じで、その花は菊です。

そのため菊の節供とも呼ばれています。

 

重陽は、昔の祭日であった五節供の最後を締めくくる節句。

ですが残念ながら他の節句が今でも盛んに祝われるのに対し、

重陽の節句はいまひとつぱっとせず、忘れられている

節句という位置付けになっているようです。

 

重陽の節句は、中国の重日思想から発した祭日とされています。

 

重日とは月の数と日の数が同じ数字となる日です。

おめでたい、特別な日付と考えられていました。

 

この節句は9月9日。

「9」が重なることから重陽の節句は「重九(ちょうく)の節供」

とも呼ばれているそうです。

 

重陽の「陽」ですが、中国伝来の陰陽説によると、

奇数は陽の数、偶数は陰の数とされていました。

 

9は1ケタの奇数としては最も大きな数。

そのため「陽のきわまった数」として、

陽数を代表する数と考えられていたようです。

 

そのため「陽のきわまった数の重日」ということで

「重陽」となったそうです。

 

初節句

2010年08月09日

重陽の節句-2-

重陽の節句はどの時期になるのでしょう?

 

この日はほかの重日思想に基づく節句と同様、

日付に固定された祭日になります。

 

そのため現在では初秋の頃が重陽の節句になりますが、

元来は旧暦の日付で祝われたのですから、

もともとは晩秋の頃の行事だったといえます。

 

単に晩秋の行事といってもピンと来ないかもしれませんね。

 

秋の深まったころに行われる月見、

”中秋の名月”が旧暦8月15日の行事になりますので、

重陽はそれよりも20日以上も後に行われた行事となります。

 

月見に関しては、中秋の名月のひと月後に

”後の月見”(旧暦9月13日)

があります。

 

現在では10月末から11月の日付に当たる後の月見の4日前が、

本来の重陽の節句だったのだとか。

 

現在では9月9日を「菊の節供」といっても

菊の花はまだ小さなつぼみの状態です。

そんな菊のネーミングがついてしまっているのですが、

本来でしたら、菊の見ごろだったのですね。

 

初節句

2010年08月11日

重陽の節句-3-

重陽の節句の意味は、もとは自分や家族の長寿と

一家繁栄を祈る行事でした。

 

中国ではこの日に、家族や友人などを連れ立ち

近隣の小高い丘に登ることが行われていたそうです。

 

中国には古くから、山に登って天地の神を祀る思想があったそうです。

丘に登る際には、髪の毛に「茱萸(しゅうゆ)(和名:かわはじかみ)」

の実を刺したのだそうです。

 

節句の際に芳香のある植物を身につけ、

邪気を払うという風習があるのですが、この樹も同様です。

 

山茱萸(さんしゅゆ)の名前で日本にも渡来しています。

香りが高い樹ということと、名前が似ていることから、

山椒(さんしょ)と、実が似ていることからグミと混同されることも

おおいようです。

 

春には黄金色の実を咲かせることから「春黄金(はるこがね)」

秋にはグミに似た赤い実をつけることから「秋茜(あきあかね)」

の別名もあるそうです。

 

乾燥させると薬にもなるのだとか。

 

古くは端午の節句に菖蒲で作った薬玉を御殿の柱にかけ、

重陽の節句になるとこの薬玉を捨て、代わりに茱萸袋をかけたと

いう言い伝えがあります。

 

いずれも災難よけ・厄除けを願ってのことになります。

 

初節句

2010年08月15日

重陽の節句-4-

とかく忘れられがちな重陽の節句ですが、日本ではどのような

行事が行われているのでしょう?

 

平安時代の初期に伝来し、初めは宮中行事として

貴族の間だけで行われていたそうです。

 

当時は中国から伝来したばかりの珍しい花であった菊を眺めながら

「観菊の宴」を開き、詩歌などを読んで長寿を願ったのだとか。

 

時代がすすむにつれ、貴族社会のみの行事だったものが

武士、そして庶民へと徐々に広がっていきました。

 

今でこそ影の薄い節句なのですが、江戸時代までは五節供の最後を

締めくくる節句として、もっとも盛んな節句だったそうですよ。

 

この日の宴会では、菊の花を浸した「菊酒」を飲み交わした

といわれています。

 

今でいう”菊コンクール”、「菊合わせ」も盛んに開かれていたそうでうs。

現在でも日付とは切り離されたものの、

習俗としては残っていますよね。

 

中国にはない、日本独特の風習としては、

重陽の節句の前日から菊の花に綿をまく着綿を行い、

菊の花につく露と香りを綿に移し、

菊の露入り綿で身を清めるというものがあります。

 

なんとも日本らしい、風流な風習です。

 

庶民はこの日、栗ご飯などを炊いてお祝いしたそうです。

 

初節句

2010年08月26日

重陽の節句-5-

旧暦を使っていたころ、この重陽の節句は

衣替えの日でもあったそうです。

 

この日以降、衣類に綿などを入れて冬衣に変わったのだとか。

 

現在でも重陽の節句が姿を変えて残った行事があります。

 

この節句は時期的に、全ての作物の収穫が終わった時期のお祭り。

この日を「刈り上げ節句」などと呼び、

収穫祭の様相を呈しています。

 

この祭りが土着した行事として有名なのが九州地方。

九州地方ではお祭りのことを「くんち」と呼ぶことがありますが、

これは「九日」のことであるといわれています。

 

有名な「唐津くんち」「長崎くんち」も、もともとは旧暦の

9月9日に行われていました。

 

昔は盛んだった重陽の節句。

どうしてすたれてしまったのでしょう?

 

おそらく五節供の中でも最も公的性格の強い行事だったため、

それが災いとなって民衆に浸透しなかったのではないかと

考えられています。

 

重陽の節句の「収穫の節供・衣替え」といった生活に密着した側面も、

新暦の9月9日にはそぐわなかったため、

この部分が季節に合わせて移動してしまったその後、

重陽という言葉が残らなかったのではないでしょうか。

 

初節句

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